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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)3121号 判決

昭和五九年(ネ)第三一二一号事件 控訴人(第一審被告) 玄海商事株式会社

右代表者清算人 吉田晃

右訴訟代理人弁護士 三宅正雄

同 安江邦治

同 松岡一章

同 河村英紀

昭和五九年(ネ)第二八八二号事件 控訴人(第一審被告補助参加人) 河田食糧工業株式会社

右代表者代表取締役 河田益一

右訴訟代理人弁護士 三宅正雄

同 安江邦治

昭和五九年(ネ)第二八八二号同年(ネ)第三一二一号事件 被控訴人(第一審原告) 山本真一

右訴訟代理人弁護士 吉武賢次

主文

原判決中控訴人玄海商事株式会社敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用及び参加によって生じた費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文第一、第二項同旨並びに「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被控訴人は、昭和五七年五月二六日訴外富士熱化学株式会社に譲渡した旨の登録手続を了するまで、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有していた。

発明の名称 麺類の連続茹上方法

出願日 昭和四一年六月六日

公告日 昭和四五年六月二三日

登録日 昭和四七年七月一八日

特許番号 第六五二八〇九号

2  本件発明につき訂正審決により訂正された明細書に記載された特許請求の範囲は、次のとおりである。

湯槽内に支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入する容量の大きい数個の茹籠を設け、之等茹籠を麺の受入後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて次の茹籠へ向って傾かせ、内部の麺を一時的に冷却した後、その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送することを特徴とした麺類の連続茹上方法。

3(一)  本件発明は次の構成要件から成るものである。

A 湯槽内に、支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入りする容量の大きい数個の茹籠を設け、

B これら茹籠を麺の受入れ後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて次の茹籠へ向って傾かせ、

C 内部の麺を一時的に冷却した後、

D その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、

E その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送すること、

F 以上を特徴とする麺類の連続茹上方法

(二) 本件発明の作用効果は次のとおりである。

本件発明は、前記構成により、攪拌しないと固まりや茹むらを生じ易い麺類も湯槽から引き上げられて次の茹籠へあけられるとき、落下の衝撃により強制的に攪拌されて、麺線同志の粘着を分離されるとともに、密集する麺線の間際にもよく湯が浸透するため茹上げ効果を助長され、さらには前段の茹籠で上層に位置した麺が後段の茹籠へあけられるとき下層に移って茹湯の温度差による茹むらを是正されるばかりでなく、麺は茹籠引上げの都度、冷されて過熱状態とならないから、差し水をしながら茹麺を行う場合と同様に茹麺の品質が少しも損われることがないという作用効果を奏する(本件特許権に関する特許審判請求公告第五〇一号公報第二頁右欄第七行ないし第一八行)。

右の一時的な冷却について付言するに、差し水は茹麺の過熱を防止するために普通に行われるものであるが、本件発明の方法で、麺は茹籠引上げの都度当然に湯から離れ、かつ空気にさらされることによって一時的に冷却され、差し水をしたと同様の効果が得られる。もっとも、冷却といっても、一般に差し水によって生ずるとされている二~三度Cの温度の低下(湯の温度が大体九五度Cになったとき煮立ちが始まるとして、半カップ((九〇cc))の差し水((一五度C))を加えたときの湯温は九二・七度Cであり、差し水による温度低下は二・三度Cである。)の範囲を出るものでないことも自明である。

4  控訴人玄海商事株式会社(以下「控訴人玄海商事」という。)は、昭和五二年九月控訴人河田食糧工業株式会社(以下「控訴人河田食糧」という。)から別紙第一目録記載の麺茹上装置(以下「第一目録記載の装置」という。)を購入し、同装置を用いて麺を茹上げ、販売していた。

なお、右麺茹上装置に関する控訴人玄海商事の自白の撤回に異議がある。

5(一)  第一目録記載の装置による麺茹上方法(以下「イ号方法」という。)は別紙第二目録記載のとおりであって、これを本件発明の前記構成要件に対応して分説すれば次のとおりである。

a 茹釜に籠軸を中心として回動自在に配置された複数個の茹籠を設け、

b これら茹籠を麺の受入れ後所定時間を経過するとき茹釜上へ引き上げて次の茹籠に向って傾かせ、

c 内部の麺を一時的に冷却した後、

d その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、

e その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送することから成る、

f 麺の連続茹上方法

(二) イ号方法は、前記構成により、茹籠を湯槽上へ引き上げて次の茹籠に向って傾かせる過程において、茹籠から湯が抜け落ちて、麺が湯から離れて、かつ空気にさらされるようになっており、これによりわずかではあっても一時的に冷却され、差し水をしたのと同様の過熱防止の効果が得られる。そして、引き上げた麺を次の茹籠へ落下させることにより、湯槽に浮上した麺層のうち上層に位置していた麺を次の茹籠中で位置を変えさせ、湯中に浸らせて茹むらを防ぐようにし、また、落下の衝撃により、くっついていた麺線と麺線を離し、かつ麺線と麺線の間に湯を浸透させて茹上げが不十分にならないようにするという作用効果を奏する。

6  本件発明とイ号方法とを対比すると、イ号方法は、本件発明の前記構成要件をすべて充足し、作用効果においても全く同一である。したがって、イ号方法は本件発明の技術的範囲に属する。

7(一)  控訴人玄海商事は、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属することを知りながら、又は過失によりこれを知らないで、昭和五二年一〇月三日から同五六年八月二〇日までの間、イ号方法により麺を茹上げ、調味加工の上販売し、よって被控訴人の本件特許権を侵害したものであるから、右侵害行為によって被控訴人が被った損害を賠償する義務がある。

(二) 被控訴人は、控訴人玄海商事の右侵害行為によって少なくとも本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被ったというべきところ、右実施料としては茹麺の販売額の四パーセントが相当である。そして、控訴人玄海商事の前記期間中における茹麺の販売総額は、一か月二五日間操業、一日平均二〇〇食、一食当たりの茹麺価格(原価)五〇円として別紙計算書記載のとおり一一六五万円を下らない。したがって、被控訴人の損害は右販売総額一一六五万円に一〇〇分の四を乗じて得た四六万六〇〇〇円となる。

8  よって、被控訴人は控訴人玄海商事に対し、不法行為に基づく損害賠償として、前記損害金四六万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五六年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認める。

2  同3は不知。

3  同4のうち、控訴人玄海商事が被控訴人主張日時に控訴人河田食糧から麺茹上装置を購入し、同装置を用いて麺を茹上げ、販売していたことは認めるが、右装置が第一目録記載の装置であるとの点は否認する。

控訴人玄海商事が控訴人河田食糧から購入した麺茹上装置は別紙第三目録記載のとおりである(以下この装置を「第三目録記載の装置」という。)。

控訴人玄海商事は、原審において、控訴人河田食糧から第一目録一、二、三、1記載(原審段階においては、二の符号の説明中、「9ロープ 10張出部材 13台 15a昇降杆連絡ピン 19カップリング 23ウォーム駆動軸 26ウォームホイル軸 29ギア軸」の記載はなく、単に図面に数字符号が付されていただけであり、他方、図面にない「4ストッパ手段」が記載されていた。)の装置を購入したことは認めるとの答弁をしたが、右自白は真実に反し、錯誤に基づくものであるからこれを撤回する。

控訴人玄海商事が使用した第三目録記載の装置は、控訴人河田食糧が有する特許発明(特許第一一八〇七〇三号、発明の名称 麺類の連続茹上方法、出願日 昭和五二年三月一五日、出願公告日 昭和五八年三月一七日、登録日 昭和五八年一二月九日、以下「河田発明」という。)を実施するために使用するものである。

被控訴人が控訴人玄海商事が使用した装置と主張する第一目録記載の装置と対照すると、第三目録記載の装置は幾つかの点で異なる。特に茹籠の貯蔵部の側板の輻についてみると、第三目録記載の装置では、狭い方の端で五センチメートル、広い方の端で10センチメートルもあり、この茹籠の貯蔵部が茹籠全体に占める体積の割合は二〇・八パーセントであるのに対し、第一目録記載の装置では、わずかに九・七五パーセント、前者の二分の一にも満たない。このことは、被控訴人が第一目録記載の装置について、湯の表面から茹籠の上端縁までの距離を必要以上に長く表示していることとともに、麺と共に汲み上げられる湯の量が少いものであることを殊更印象づけようとするものであることを示す。

4  同5は争う。

控訴人玄海商事が現実に使用した茹上方法は次のとおりである。

まず、混練した麺生地から小分けした通称団子を熨して麺帯を作り、これを包丁切り機で裁断(反りをつけた刃で弾ね上がるようにして切断)して麺線とし、裁断のかたわら、麺線同士がくっつかないようにしてコンベアベルトで、少し高い位置にある湯槽上に運び上げ、逐次第一の茹籠に搬入する。

各茹籠に搬入された麺類は、普通の機械麺で約六分間ずつ九八・五度Cから沸騰点くらいまでの温度の湯の中で茹でられる。控訴人玄海商事が使用した茹上方法においては、経験に基づいて、この茹上時間を過不足のないよう機械的に適当に調節する。したがって、麺が過熱状態となってトロトロになることも、加熱不足で茹でむらが生じたり、生の部分を残すようなこともない。

所定の時間茹でられたとき、あらかじめ調節された駆動装置の作動により、第一の茹籠は軸を中心とする回転運動により、湯の表面から最大一〇センチメートルぐらいの高さに持ち上げられる。そして、持上げ開始とほとんど同時に、第一の茹籠中の麺は、相当量の湯と共に、ゾロゾロと第二の茹籠に流れ込む(排出口と湯面の落差約六センチメートル)。持ち上げ開始から復帰までの所要時間は六、七秒である。

第二の茹籠に収容された麺は、以上と同じ要領により第三の茹籠に流し込まれる。

第三の茹籠の収容された麺は、所定時間を経過したとき、引き上げられ、湯槽外の容器に移送されて、別に用意された冷水により冷却される。第三の茹籠には貯蔵部は設けられていないから、湯は湯槽内に残り、麺だけが湯槽外の容器に収容される。

以上の一連の作業により、いったん熱した麺について何度も冷却、加熱を繰り返すことにより麺の品質を劣化させることがなく、常に良質で、一般に愛好される上品質の茹麺を得ることができるのである。

このように控訴人玄海商事の使用した茹上方法においては、本件発明と正反対の技術的思想に基づいて、麺を投入した茹籠の排出口から連接形成された貯蔵部に麺及び湯を収容させたまま、茹籠を湯槽上に持ち上げるとともに、直ちに次位の茹籠に向って傾斜させ、麺に対し少なくとも冷却するような余裕を与えることなく、湯と共に次位の茹籠に麺を排出継走することが特徴であり、麺を一時的に冷却することなく、第一の茹籠中で上部にあった麺が次位の茹籠においては下部に反転して移送されるという際立った現象も起こり得ない。さらに、先順位の茹籠の排出口がほとんど湯面に接したまま次位の茹籠への移送が行われるから、排出口先端と湯の面との間には落差はほとんどなく、落下の衝撃が生じたり、それにより麺が強制的に攪拌されるなどという状態も現出しない。

5  同6、7は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1(被控訴人は、昭和五七年五月二六日訴外富士熱化学株式会社に譲渡するまで本件特許権を有していたこと)及び2(本件発明の特許請求の範囲の記載)の事実については、被控訴人と控訴人玄海商事間に争いがない。

そして、右特許請求の範囲の記載と《証拠省略》(昭和四五年特許出願公告第一八二六七号公報)、《証拠省略》(特許審判請求公告第五〇一号公報)によれば、本件発明は、請求の原因3、(一)記載の構成要件から成るものと認められる。

二  控訴人玄海商事は、原審において、昭和五二年九月控訴人河田食糧から第一目録一、二、三、1記載(但し、原審段階においては、別紙第一目録の符号の説明中、「9ロープ 10張出部材 13台 15a昇降杆連絡ピン 19カップリング 23ォウーム駆動軸 26ウォームホイル軸 29ギア軸」の記載はなく、単に図面に数字符号が付されていただけであり、他方、図面にない「4ストッパ手段」が記載されていたものであり、右符号の説明の付加及び削除は当審においてなされたものであるが、もとより装置としての同一性は主張の前後を通じて変わりはないものと考えられる。)の装置を購入し、同装置を用いて麺を茹上げ、販売していたことを認める旨の陳述をしたが、当審において、控訴人玄海商事が控訴人河田食糧より購入した麺茹上装置(以下「本件購入装置」という。)が第一目録一、二、三、1記載の装置であることについての自白を撤回し、本件購入装置は第三目録記載の装置である旨主張する。

ところで、本件のような方法の発明に関する特許権の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟においては、被告が特許発明に係る方法を違法に実施して原告の特許権を侵害した事実の有無が主要な争点となるのが通常であるが、当該訴訟の原告において、被告が実施した方法(侵害方法)が特定の装置を使用したものであり、かつ、当該装置に代替する他の装置を使用しては当該特許発明に係る方法を実施できず、当該装置の使用は、侵害方法の実施と不可分の関係に立つものとして主張する場合には、当該装置の使用は損害賠償請求権発生の主要事実の一部となると解するのが相当である。したがって、その訴訟において、原告が主張する特定の装置使用の事実を自白した被告が後に右自白を撤回するためには、右自白が真実に反し、かつ錯誤に基づくものであることを立証する責任があるものというべきである。本件において、被控訴人はまさに前記のような趣旨で別紙第一目録記載の装置の使用はイ号方法の実施と密接不可分の関係に立つものと主張するものと解せられるから、第一目録記載の装置の使用は本件損害賠償請求権発生の主要事実の一部となり、この点に関する控訴人玄海商事の自白を撤回するには右に説示した事項を立証する責任がある。以下、このような観点から、控訴人玄海商事の前記自白の撤回の許否について検討する(別紙第一目録三の装置の説明の2は、被控訴人が当審に至って付加した説明であり、この主張はもとより控訴人玄海商事の原審における自白の対象外のものであるから、以下の検討から省かれる。)。

1  《証拠省略》(昭和五八年特許出願公告第一四二一二号公報)によれば、控訴人河田食糧は、昭和五二年三月一五日名称を「麺類の連続茹上方法」とする発明(河田発明)につき特許出願し、昭和五八年三月一七日出願公告されたこと、右発明は、「湯槽中に出入自在に設けられた複数個の茹篭に対し麺を順次継送させることによって茹上げる麺類の連続茹上方法に関する。」(同公報第一欄第二二ないし第二四行)ものであり、「従来この種の麺類の茹上方法として、湯槽中から茹篭を引き上げて、湯と麺とを分離させ麺のみを茹篭内に残留し、これを空気中にさらすことによって一時的に麺を冷却させた後、次位の茹篭へ排出し次々と継送するようにしたものは知られている。しかしながら、前記の方法によると麺が一時的に冷却されるため、高品質の麺ができないという欠点があった。」(同第二五ないし第三三行)という知見に基づいて、河田発明は、「前記の欠点を解消し高品質の麺を得ることを主たる目的とし、かつその他の各種の著効が期待できる麺類の連続茹上方法を提供しようとするもの」(同第三四ないし第三七行)であって、その特許請求の範囲は、「茹篭に麺を投入し、これが所要時分経過したとき、排出口から連続形成された貯蔵部に、麺および湯を収容させたまま、湯槽上へ持ち上げるとともに、直ちに次位の茹篭に向けて傾斜させ、麺に対し少なくとも冷却するような余裕を与えることなく湯と共に、次位の茹篭へ麺を排出継送する麺類の連続茹上方法。」(別紙第四目録記載の図面参照)であること、そして、同公報の発明の詳細な説明には、「茹篭は全体がバケット状に形成され、湯のみを直ちに通過させることのできる金網、またはパンチング孔を設けた板体などからなる湯通し部7と、両側辺が起立状に形成された排出口8、およびこの排出口8から連設して形成された湯および麺を同時に収容して、しかもこれらを一時的に貯蔵することのできる貯蔵部9などから構成される。」(第二欄第三一行ないし第三欄第一行)、「第一番目の茹篭2内に、製麺機から切り出された適当量の麺を投入する。その後、茹上げの所定時分が経過したとき、茹篭2を湯槽1上へ引き上げる。このとき湯の大部分は、湯通し部7を通過して湯槽1内へ流出するが、貯蔵部9においては麺と湯とが併存している。この状態からさらに引き上げ角度が高くなると、湯と麺は一緒になって、次の茹篭3内へ排出口8を通じて排出されるが、このとき貯蔵部9が湯槽1上に引き上げられて、湯槽1内の湯と絶縁されて以後、次の茹篭3内に収容されるまでの時間はなるべく少なくして麺が一時的にも冷却するような余裕を与えることなく継送することがこの方法の特徴とされるところである。(中略)、麺は湯と共存した状態で移送されるから、従来のように麺のみが空気中にさらされて冷却されることにより生じる品質の低下を防いで、きわめて高品質の手打ち麺の如き製品を得ることができる。さらに、麺は湯の存在によって、ごくわずかの茹篭の傾斜で次の茹篭へ流されるから、茹篭の引き上げ角度がきわめて少なく、したがって従来のように茹篭を反転させる必要がなく、このため茹篭自体が空気中にさらされて冷却される割合が少なくなって、湯槽内の湯温の低下を防止でき、また麺についてもその流出移送に要する時間が少なくなって冷却を最小限度にし、これによって前記の効果はより助長されることとなる」(第三欄第三行ないし第四欄第二行)と記載されていること、以上の事実が認められる。

そして、《証拠省略》によれば、河田発明の特許出願後において、控訴人河田食糧は河田発明を実施するための構造を備えた麺類の連続茹上装置を製造、販売しているものであって、本件購入装置も右構造のものであること、すなわち、本件購入装置は、茹釜に籠軸を中心として回動自在に配置された三個の茹籠と、茹籠に麺を入れて所要時分経過したとき、排出口から連接形成された貯蔵部に麺及び収容させたまま湯槽上へ持ち上げるとともに、直ちに次位の茹籠に向って傾斜させ、湯と共に次位の茹籠に麺を排出することができるように、茹籠に入れられた麺を順次他の茹籠に移し替えるべく各茹籠を反転させる駆動機構と、茹籠及びその中に収納された麺の重さとバランスを保つためのバランス機構とで構成され、茹籠は、これが引き上げられたとき下側となる部分、すなわち前記貯蔵部を両側及び底側に屈曲片を設けた塵取型の無孔板により形成した構造のものであること、本件購入装置の茹籠のうち後に説示する貯蔵部の構造の点を除くその余の構造及び湯槽に対する配設関係並びに駆動機構及びバランス機構は別紙第三目録の第1ないし第4図に記載されたとおりのものであることが認められる。

茹籠の貯蔵部の構造について、当審における証人河田益一は、本件購入装置の茹籠の貯蔵部に設けられた無孔板の側面は別紙第三目録の第1図及び第2図のとおりであって、その幅は排出口側(第2図に―←x→と表示した。)で約五センチメートル、背面側(茹籠が引き上げられる前の状態にある場合でいえば、底側。第2図に←y→―と表示した。)で約一〇センチメートルのものである旨供述するが、右証言は《証拠省略》に照らし措信できず、他に右無孔板の側面が第三目録の第1図及び第2図のとおりであることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、本件購入装置の茹籠の貯蔵部に設けられた無孔板の側面の幅は、別紙第三目録の第1図及び第2図に記載されているように幅の広いものではないと認められる。

もっとも、本件購入装置は河田発明を実施するための構造を備えたものであるとの前記認定事実と当審における証人河田益一の証言を総合すれば、本件購入装置の茹籠を湯槽の上方へ引き上げたとき、貯蔵部に麺と共に収容され、一時的に貯蔵される湯の量は、河田発明における茹籠の「貯蔵部に、麺および湯を収容させたまま、湯槽上へ持ち上げるとともに、直ちに次位の茹篭に向けて傾斜させ、麺に対し少なくとも冷却するような余裕を与えることなく湯と共に、次位の茹篭へ麺を排出する」(特許請求の範囲)ことを実施し得る相当多量のものであることを要するため、貯蔵部の無孔板の側面の幅は、この量の湯を収容し、一時的に貯蔵する程度の幅を持たなければならず、本件購入装置の貯蔵部の無孔板の側面の幅も第一目録記載の装置のそれより長いものであることが認められる。

なお、茹籠を湯槽上へ引き上げたときにおける貯蔵部に収容、貯蔵される湯の量は以上みてきた貯蔵部の構造、とりわけ無孔板の側面の幅により規定される同部分の容積のほか湯槽の湯面の高さで示される湯槽の湯量にも関係する。

別紙第一目録の第二図(茹籠引き上げの際の無孔部の保湯量を示す説明図)は、被控訴人が主張するイ号方法を実施するための装置の一構成要素として特定的に主張するものであるが、同図に記載されている保湯量(茹籠の無孔板aと下方の直線によって囲まれた部分に示される。)はごく僅かであって、右のような保湯量では、河田発明における前掲方法を実施できるとは到底認められない。河田発明を実施する装置である本件購入装置における湯槽内の湯量は、当審証人河田益一が証言するとおり、別紙第一目録の第二図に示されるものより相当多量であって、茹籠引き上げの際の無孔部の保湯量も同図記載の程度のものではないと認めるのが相当である。

被控訴人本人は、当審において、本件購入装置の駆動機構及びバランス機構は別紙第一目録の第三ないし第五図記載のとおりである旨供述する、が同人は右各機構を現認したわけではなく(この点は、当審における被控訴人本人尋問の結果により明らかである。)、《証拠省略》(昭和五一年六月一七日控訴人河田食糧出願の考案「麺茹上装置」の昭和五二年実用新案出願公開第一七〇八八八号公報)によれば、別紙第一目録の第三ないし第五図及び右各図面の説明は、同公報記載の第2ないし第4図及び「図面の簡単な説明」中の該当箇所をそのまま引き写したものであることは明らかであるし、また、茹籠の構造及び湯槽に対する配設関係が別紙第一目録の第一図及び第二図のとおりであると供述する部分も、右図面の記載が被控訴人が現認したという《証拠省略》中の写真に示されている本件購入装置と正確に対応していることの裏付けを欠いているものであり、いずれも措信することができず、他に前記認定を左右すべき証拠はない。

以上認定したとおり、本件購入装置は、別紙第一目録一、二、三、1記載のものとは異なるものであって、本件購入装置が第一目録一、二、三、1記載の装置であることを認める旨の控訴人玄海商事の自白は真実に反するものと認めるべきである。

2  前項に説示したとおり、控訴人玄海商事のした前記自白は真実に反するものであるから、特段の事情がない限り前記自白は錯誤に基づきなされたものと認めるのが相当である。

もっとも、右の点については、本件特許権をめぐる従前の紛争の経緯にかんがみ前示特段の事情がなかったかどうかを検討する必要がある。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人は昭和五二年中控訴人河田食糧を相手どって静岡地方裁判所に対し、本判決別紙第一目録一、二、三、1記載の麺茹上装置と同一の第四装置(相違点は後述する。)外三種の麺茹上装置の製造、販売等の差止めを求める仮処分を申請し(同裁判所昭和五二年(ヨ)第四二一号)、申請の理由中において、控訴人河田食糧が右装置を製造、販売する行為が特許法第一〇一条第二号の規定により被控訴人の本件特許権を侵害するものとみなされる旨主張した。これに対し、控訴人河田食糧(代理人弁護士松岡一章、同小林淳郎)は、第四装置については、同装置を製造、販売したことは認めるが、第四装置は、茹籠の排出口から連接形成された貯蔵部に麺及び湯を収容させたまま湯槽上へ茹籠を持ち上げ、しかも持ち上げた麺に対して冷却する余裕を与えることなく、短時間に湯と共に麺を次位の茹籠に排出させるものであり、本件発明に係る方法の実施にのみ使用するものではないと主張した(外三種の装置に関する陳述は省略)。同裁判所は、昭和五五年三月二八日、第四装置外三種の装置は、いずれもこれを使用して麺を茹上げる場合、必らずしも本件発明の麺の一時的な冷却の要件を満たすものではなく、かえって一時的な冷却に相反する技術的思想に基づき茹籠を高速反転したり、湯の貯留部分を形成して湯と麺との分離を阻止するなどの方法により、右要件を充足することなく使用し得るものであるから、特許法第一〇一条第二号、第一〇〇条の規定に基づく仮処分申請は理由がないとして右申請を却下する旨の判決を言い渡した。被控訴人は右判決に対し東京高等裁判所に控訴を申し立てたが(同裁判所昭和五五年(ネ)第九八九号)、同裁判所は昭和五六年一〇月二九日、第四装置外三種の装置は、これを使用して麺を茹上げる場合本件発明に係る方法の要件を充足することが認められるが、右装置に水を入れて麺類を水洗いするのにもこれを使用することができることなどを理由に、右装置を製造、販売する行為は、本件発明の実施にのみ使用する物を業として生産し譲渡することには当たらないとして、控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、右判決は確定した。右仮処分申請事件の第一、二審を通じて第四装置の特定については多少の変遷があったが、最終的に被控訴人は第四装置として本判決第一目録一、二、三、1と同一のもの(ただし、本判決第一目録二の符号の説明の項のうち9・10・13・15a・19・23・26・29・a・bの各事項の記載がなく、逆に4ストッパ手段、27セクタの記載がある。同三の装置の説明1の「三個の茹籠」が「複数個の茹籠」となっており、また、屈曲片について「幅の狭い」という限定を欠いている。同図面は、本判決別紙第一目録の第一図の湯槽の中層部分の左右側板間に引かれた横線の表示を欠く。)を主張し、控訴人河田食糧(代理人弁護士松岡一章、同近藤俊博)はこれを認めていた。

本訴は、昭和五三年三月二八日提起されたものであるが、同年五月一七日午後一時の第一回口頭弁論期日において冒頭手続をした上、前記仮処分申請事件の帰すうをまつこととし、事実上審理を中止し、昭和五七年二月一日午後一時一五分の第二回口頭弁論期日から実質的な審理が始められたが、被控訴人が本件購入装置を第一目録一、二(当審に至ってした符号の説明の訂正部分を除く。)及び三、1のとおり主張したのに対し、控訴人玄海商事(訴訟代理人弁護士松岡一章、同小林淳郎、訴訟復代理人弁護士近藤俊博、同河村英紀)はこれを全面的に認める旨陳述した。昭和五九年二、三月ころ、控訴人河田食糧は被控訴人が本件購入装置として主張しているものが実際と異なることを知り、前記松岡弁護士にこのことを指摘するとともに、同年三月九日控訴人玄海商事を補助するため本件訴訟に参加することを申し出、同控訴人及び控訴人玄海商事がそれぞれ本件購入装置の内容を記載した昭和五九年七月二〇日付け準備書面を提出したが、不陳述のまま、同日口頭弁論が終結された。

この認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係によれば、控訴人河田食糧は紛争事実をもっともよく知っている者であるから、仮処分申請事件の経過中被控訴人の主張する第四装置が実際と異なることを代理人に対し指摘し、自白を撤回させる機会がなかったか疑念の持たれるところであるが、当審における証人河田益一の証言によれば、仮処分事件において、控訴人河田食糧は代理人と十分な連係を保ちながら防禦に当たるという態勢ではなく、そのような機会もなかったこと、右代理人が本訴において控訴人玄海商事の代理人として関与するようになってからも、右代理人及び本訴で新たに同控訴人の代理人となった弁護士らは、被控訴人が本件購入装置として主張する前記第四装置とほとんど同一の別紙第一目録一、二、三、1記載の麺茹上装置が実際に適合するかどうかにつき改めて製造者たる控訴人河田食糧に照会するようなことはなかったことが認められるから、右代理人が答弁に当たり被控訴人の主張が真実に反することを知りながら、あえて右主張を認める旨の自白をしたというような事情にあったものとは認め難い。

以上のとおりであるから、控訴人玄海商事がした前記自白の撤回は許容すべきである。

三  被控訴人は、控訴人玄海商事が第一目録記載の装置を使用していたことを前提として、右装置による麺茹上方法(イ号方法)が本件発明の技術的範囲に属することを理由に本訴請求に及んでいるものであるところ、本件購入装置が第一目録記載のとおりの装置であるとの点について、別紙第一目録三、2の説明部分(被控訴人が当審に至って付加した説明)をも含めて、これを認め得る適確な証拠はない。

四  そして、控訴人玄海商事が実施していた麺茹上方法は別紙第二目録記載の麺茹上方法(イ号方法)である旨の被控訴人の主張に一部副う、当審における被控訴人本人尋問の結果は措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

五  以上のとおりであって、その余の点について検討するまでもなく被控訴人の本訴請求は理由がないものというべく、被控訴人の請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消して被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用及び参加によって生じた費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山嚴 裁判官 竹田稔 濱崎浩一)

〈以下省略〉

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